第554回 神戸お話伺いメモ 2012/6/9 [2012年神戸お話伺いメモ]

・70代女性,一人暮らし。中央区で全壊。文化住宅の1階で被災,タンスが斃れてきて,首の骨がずれた上,腰もやられて動けなくなり,どうやって逃げようかと思った。ひとまず車に避難した。神戸市内や西宮市に住んでいる息子たちが,単車や自転車で来てくれたので,心強かったが,所帯を持っている子どもたちに期待し続けるのは難しいと思った。近くの小学校に避難している頃,あちこちで仮設住宅が建ち始めたが,何度申し込んでも当たらなかった。
震災から今までずっとリハビリを続けている。白血病ながら土木の仕事を続け,震災時は入院中だった夫は10年ぐらい前に亡くなった。震災のことは聞いてほしくない,あのとき死んでいたらよかったと,今でも思う。

・70代女性,中央区で被災。企業の寮で寮母の仕事をしていて,震災にもそこで遭った。食料などにも困らず,社員たちをみな無事帰すまではと頑張ることが出来た。あの頃は若かったので,不眠不休で頑張れた。震災のおかげで自分は成長したと思う,人の気持ちが解るようになったと,時折涙ぐみながら話した。
この復興住宅に入ってからは,人との関係がよくなるようにと努力している。若い人には,人に感謝する気持ちをもってと伝えたい。以前の訪問時には話せなかったが,今回は話したいと思えるようになり,話すことが出来た。

・50代男性,長田区で全壊。近くの小学校の避難所がいっぱいで困っていたら,どこかのお坊さんが交渉してくれたおかげで,神社に避難でき,今でも感謝している。冷たいながらおむすびをたくさん戴くことができ,雑炊も振る舞ってもらった。仕事もなくなり頭が真っ白になる中,大阪府に避難先と仕事を見つけて移った。
妻が神戸に帰りたいというので,ハローワークに行ったら,自分にあった仕事を選べず,いろいろなパートをしていたが,ひどいものだった。
夫婦それぞれが糖尿病などの病気を抱えていて,車の運転をひかえ,仕事も余り出来ない中,家事を引き受けている。

・60代女性,灘区で全壊。被災後は実家に避難した。元気です。昼寝の途中だったところを訪問。程なく電話がかかってきたため,お話し伺いを切り上げた。

・60代女性,中央区で被災。区内の小学校に避難し,この復興住宅には入居して13年。「病気なので…」とドアを閉め,短時間のお話し伺いに。
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